・旅の始まりはまさかの大波乱!ナウル航空の度重なるキャンセル劇
・想定外のラッキー!なぜかフライトが1時間半早く到着!
・タイムリミットは日没までの数時間!限られた時間で巡るナウル観光の見どころ
※2026年3月時点の情報
※1AUD(オーストラリアドル)=約110円
ナウルは周囲20km程度の小さな島からなる小国で、バチカン市国、モナコについで世界で3番目に小さな国となっています。
島の周囲も自転車で1時間半くらいで周ってしまうことができるくらいで、飛行機がナウル空港に到着する直前に窓から島の全景が簡単に写せてしまうほどです。
最近では、ナウル共和国政府観光局日本事務所がXの投稿でバズったり、銚子電鉄とコラボをしたりと知名度が上がってきているため、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
それでもやはり、まだまだマイナー国家の1つであり、ほとんど観光客もいません。日本からも年間で数人しか渡航をしないという、秘境中の秘境です。
渡航難易度の高さから世界の全部の国を制覇する旅人が最後に選ぶ渡航地になることが多いことでもナウルは知られています。
今回は、私がナウルに興味をもった理由の1つであるナウル現代史の紹介と、実際に渡航した際のトラブルや観光などの情報をご紹介していきたいと思います!
①それって実話?ジェットコースターのようなナウルの現代史
そんな小さな島国ナウルですが、実は歴史はとても興味深いもので、少し導入部分として簡単に紹介をさせていただきます!
1. 富裕国となった時期:1970年代 〜 1980年代
ナウルはアホウドリなどの渡り鳥のフンが長い年月をかけて化石化した「リン鉱石(高品質な肥料の原料)」の塊のような島でした。 1968年にオーストラリアなどから独立すると、鉱山から得られる巨額の利益がすべて人口わずか数千人の島民に還元されるようになります。
1970年代から1980年代にかけて、ナウルの1人あたりGDPはサウジアラビアなどの産油国を抜いて世界最高峰となり、名実ともに世界一の富裕国となりました。
- 税金は完全に無料、医療費や教育費も無料でした。
- 水道や電気代もタダで、新婚夫婦には国から一軒家がプレゼントされました。
- 島民は働く必要がなくなり、移動はすべて高級外車、お腹が空けばプライベートジェットで海外へ買い物や食事に出かけるという、おとぎ話のような超豪遊生活が送られていました。
2. 没落が始まった時期:1990年代後半 〜 2000年代初頭
栄華を極めたナウルですが、1990年代に入ると「資源の枯渇」という現実が目に見えて迫ってきます。
島を掘り返し続けた結果、1990年代後半には良質なリン鉱石がほぼ底を突いてしまいました。
さらに致命的だったのは、国が将来のために世界中で行っていた投資(不動産やホテル、航空会社など)が、ずさんな管理や詐欺被害によってほぼすべて破綻・消失してしまったことです。
2000年代に入ると国は完全に破産状態となり、かつて無料だった電気や水道は止まり、一時はガソリンすら輸入できないほどの極貧国へと一気に転落してしまいました。
なお、無理なリン鉱石の採掘により、国土の80%が人が住めない岩場の荒地となってしまいました。
3. ネズミ講に巻き込まれた時期:1990年代末(1998年〜1999年頃)
資源が枯渇し、国家資金が底を突きかけて焦ったナウル政府は、1990年代に「タックス・ヘイヴン(租税回避地)」として生き残りを図り、実体のない幽霊銀行を数多く設立して海外から怪しい資金を集めていました。
その末期的な状況にあった1998年から1999年頃、ナウル政府は大規模な国際的ネズミ講(ポンジ・スキーム)詐欺の舞台にされてしまいます。
自称金融コンサルタントらの甘い言葉に乗せられ、政府公認の形を取って世界中から「高配当」を謳って巨額の資金を集めましたが、システムはすぐに崩壊。
国内外の多くの投資家が被害に遭い、ナウルの国際的な信用は完全に失墜しました。
さらにこの時期、ロシアのマフィアによる数十億ドル規模のマネークラウンディング(資金洗浄)の温床になっていたことも発覚し、国際社会から厳しい制裁を受ける原因となりました。
4. 現在のナウル
その後ナウルは、オーストラリアの難民収容施設を受け入れることによる援助金や、領海内のマグロの漁業権の販売などでなんとか国家を維持しています。
わずか数十年で「世界のトップ」から「国家破産」までを経験したナウルですが、車で20分で1周できるその小さな島には、かつて掘り尽くされたリン鉱石の跡(ピナクルと呼ばれる奇岩の群生)が、今も歴史の爪痕としてそのまま残されています。
どうですか?表現の仕方が難しいのですが、私はこの歴史を知ったときに、いつかはぜひ現地に行ってナウルという国の現状を見てみたい!と心の底から思いました。
次項からは、そんな激動の歴史を持つナウルへ実際訪れた際のトラブルや観光の情報など、皆さんへご紹介をさせていただければと思います。
②なぜか1時間半早くナウルに到着するラッキー!まずは宿にチェックイン!
キリバスのタラワからナウル行きのナウル航空に搭乗したのですが、搭乗口に着くと、まだ出発2時間前なのに自由に搭乗が可能で、全員そろったからと言って、予定の1時間半前に出発してしまいました…とてつもなく適当です…
案の定、ナウルにも1時間半ほど早く到着しました!






到着したら徒歩で建物まで移動して入国審査です。パスポートの入国許可証を提出すると何の質問もなく、簡単に入国スタンプを押してくれました。最近では珍しく、パスポートの1ページを丸ごと使う大きいスタンプでした!
今回は、ナウル国内で唯一ネット予約ができた、Airbnbで予約したお家に泊まる予定でしたが、大雨で天井が壊れてしまったとのことで、急遽空港近くの知人の家の離れを借りれることになりました。
結果としてはとても広くてキレイな家になったので、結果オーライでした!1泊120AUD(13,200円)でしたが満足度が高かったです!
空港から代わりの宿へはもともと予約をしていた宿の人が送ってくれました。ホストの家の赤ちゃんは2026年3月当時、1番若いナウル市民とのことです!かわいい!


③困難なビザ取得、フライトキャンセルを乗り越え、ナウルの半日観光へ出発!
今回は実はナウル航空がキリバスからナウルの便を2度キャンセルしてきたため、キリバスに約1週間ほど閉じ込められ、元々の1週間のナウル滞在の予定が最初のキャンセルで3日になり、2度目のキャンセルで実質滞在日数が半日にまで短くなってしまいました…
あんなに苦労してビザ取ったのに…夕方に到着して、次の日の早朝に出発なんて…と思っていたところ、ナウル航空の謎の1時間半前到着のミラクルにより、もともとの予定よりかなり観光の時間が増えました!
すると民泊のオーナーが、私が行きたい観光地で自分が徒歩で帰って来れるところまで車で送ってくれたので、短い時間ではありましたが、フライトの早い到着とともに私の観光時間の延長をアシストしてくれて、想定していた以上に観光を楽しむことができました!
ナウル航空でのトラブルについては、別の記事でまとめておりますので、ご興味のある方は、下記のリンク先の記事をご参照ください!
こちらもご覧ください。
時間があまりなかったので、島の南西部と真ん中部分だけしか行けませんでしたが、もともと1番見に行きたかったカンティレバーとリン鉱石採掘後には行くことができました!
実際に周ったルートは下記の通りです。ナウルに行った際のご参考にしていただければうれしいです!
- 民泊出発
- 第二次世界大戦記念碑(WWⅡ Memorial Monument)
- カンティレバー(Cantilever)
- リン鉱石採掘跡(Mined-out Pinnacles)
- ブアダラグーン(Buada Lagoon)
- シビックセンター(Civic Centre)
- ナウル博物館(Naoero Museum)
- 国会議事堂(Parliament House)
- 民泊到着
第二次世界大戦記念碑のまわりはちょっとした広場になっています。その裏側の海にカンティレバーがあります。
このカンティレバーはナウルのリン鉱石採掘を象徴するもので、リン鉱石を大型の貨物船へ効率よく積み込むための巨大なクレーンです。
ナウル航空がナウル空港に着陸する直前にも左側の窓から見ることができます。
右と左に2箇所、カンティバレーがあります。右側は工場の敷地内から見えるのですが、侵入禁止の看板がありました。
近くの地元の人に聞いてみたら、「もちろん入っていいよ!」と言って、入れてくれました!優しい!
ナウルはところどころに立ち入り禁止の看板があり、もうちょっと行ったら、写真が撮れるのになーと思うところが結構あるのですが、近くの人に聞くとすんなり開けて入らせてくれますので、もし立ち入り禁止の看板が立っていても、近くの地元民にお願いしてみましょう。






カンティバレーからリン鉱石工場を左手に見ながら坂道を10分ほど登っていくと、リン鉱石採掘跡があります。
無計画な採掘のため、大地がデコボコの岩場と化しており、他の用途に使えないような土地となっています。
ナウルの国土の80%がこのような状態になっており、現在のナウルを象徴するようなものとなっています。
ここも遮断機が降りており、中に入れなそうな雰囲気ですが、係員の人に聞くと「入っていいよ!」と、今回も気持ちよく入れてくださいました!
このナウルの現代史の象徴であるデコボコの大地は、自分の目で1番見たい場所だったので入れてもらえてよかったです!




リン鉱石採掘跡からもう少し坂道を上がって、少し下ったところにブアダラグーンがあります。大きな溜池のような場所で、周辺にはバスケットコートや散策路、ベンチなどがあります。



シビックセンターを越えて、空港の滑走路横の道を歩きながら、ナウル博物館方面を進んでいくと、ここでサンセットの時間となりました。
美しい夕日を見ながら、左に滑走路、右の海のきもちいい道を進んでいきます!






海と滑走路に挟まれた道を進むとナウル博物館があります。今回はすでに閉館時間のため、中に入れませんでした…
博物館を越えて進んでいくと、ピンク色のかわいい国会議事堂が見えてきます!これで夕暮れのため、観光を終了いたしました。


さて、次は夕食の買い出しです。ナウルには中華料理屋がたくさんあるため、食事には困りません。ただし、逆にいうと中華料理屋しかありません。
今回は焼きそば 9AUD(990円)をテイクアウトしました!おいしかったのですが、自分の胃の調子が悪く、全部食べることができませんでした…
結局そのままベッドに入り、早朝の便でナウルを後にしました…


③まとめ
連続するナウル航空のキャンセルと迫り来るビザの有効期間切れによって、ナウルへの渡航を半分は諦めていた私ですが、最後の最後でいろいろなラッキーに見舞われて、なんとか半日の時間をナウルで過ごすことができました!
ナウル空港に到着した時の「あー、やっとこれたー」という気持ちは今までに感じたことがない達成感でした!
最後に、実際にナウルを訪れて感じた感想をまとめていきたいと思います!
- ビザの取得が大変&もう少し早く発行して欲しい!
- ナウル航空の運行が不安定すぎて短期旅行者は厳しい!
- 上空からナウルの島が見えた時、やっと来れたんだと感極まった!
- 空港の周回道路は夕方にたくさん人が走ったり、自転車に乗ったりしていて運動場みたい!
- 中華料理屋さんが島の規模と比較して、とてつもなく多い
- ナウル在住の中国人の人、英語が話せない確率高め!
- ナウル人の英語上手い!
